全国の人事パーソンへのメッセージ
Vol007想い切りトーク
取材日: 2015年9月3日
※会社名・役職等は取材当時の名称を掲載しております。
今年、創立150周年を迎えた世界最大の総合化学メーカー「BASF」。新卒での入社以来、事業部の第一線を走りつづけグローバルなリーダーシップを身に付けた江口典孝氏がBASFジャパンの人事本部管掌に就任して1年。BASFの世界規模のミッションと日本の化学業界全体に目を向けたビジョンを語る。
「思いきって最初からグローバル企業に入社しようと思ったんです。」
大学で化学を専攻していた江口氏は、あらゆる産業に関わり、世の中に幅広く貢献できる「素材」に注目した。就職にあたり「素材メーカー」について調べてみると、当時ダイナミックな活動をしている素材メーカーはすべて欧米の企業だった。
江口氏は思いきって、欧米の素材メーカー数社の門を叩いた。日本の企業は一社も受けなかったという。複数の内定の中から選んだのは、ドイツに本社を置く世界最大の化学メーカー「BASF」。
語学が得意だったわけではない。内定式の日に初めて受けたTOEICは散々な点数。しかし、米国人の上司やドイツ人の同僚という環境下では、語学力の取得は当然のこと、だれに対してもひるまず伝える力の大切さも痛感した。
初めて担当した素材は「ビタミン」。6年目に、日本のビタミン市場の大きなシェアを持っていた日本企業とのジョイントベンチャーの立ち上げ担当者として出向することになった。資本のマジョリティはBASF。しかし、大阪支社にBASF側から出向したのは江口氏1人、圧倒的なアウェイ感だった。
「毛細血管」と呼ばれる、各都道府県に1つ以上の代理店を持つ細やかな顧客管理、義理と人情を重んじる日本企業の文化は、合理性を追求するBASFの文化とは対象的である。5年かけて運営後、BASFに統合した。江口氏にとって、貴重な経験となった。
その後、2003年にシンガポール、その2年後に香港へ赴任。この時期、BASFは大きな変革期を迎えていた。それまでの、ドイツ本社による一極集中的管理から、アジア・北米・南米・ヨーロッパの4つの地域本部へと権限委譲を図っていた。アジアの統括本部にもドイツ本社とアジアの国々から人材が集められた。BASFジャパンは将来の幹部候補の1人として、江口氏を送り込んだ。
「権限委譲された後、集められたチームでどんな価値を出していくのかを議論し、将来のBASFアジア太平洋地域戦略を構築していたんです。そこに参加することになりました。」
日本に戻った江口氏は、ケア・ケミカルズ事業部に戻り、2010年に化学品・農薬統括本部に異動する。それまでは、コンシューマ製品に最も近い商品を扱うバリューチェーンの川下の部署だったので、原料に近い商品を扱う川上の部署での経験は、新しく学ぶことが多かったと振り返る。
2014年6月、事業部一筋だった江口氏は、人事本部管掌に任命される。
「あえて『フェアブント』と、ドイツ語をそのまま使います。日本語では、「統合」と訳していますが、それだけでは表現しきれません。」
世界中のBASFで共通の言葉『フェアブント』を理解するには、ドイツの本社工場を見て欲しいと江口氏は言う。ライン川沿いの約10㎢の敷地にある、単独企業が保有するものとしては世界最大規模の統合化学コンビナート。そこでは、様々な化学製品が生産され、同時に研究も行われている。経営の中枢もそこにある。
Aという化学製品を製造するときにできた副産物でBの化学製品を作り、さらにその製造過程で生まれた副産物でCを…。合理的に無駄なく使い切ることで、経済的な競争力が高まり、環境への負荷も軽くなる。研究開発においても、互いのベストプラクティスを学び合う、ノウハウの『フェアブント』だ。さらには、人と人のつながり。11万人以上の社員がお互いを知り、つながりを作る機会を促進している。その全てを現わしている言葉が『フェアブント』。これこそが、BASFの競争力の源泉でもある。
BASF本社が置かれているドイツ ルートヴィッヒスハーフェンのフェアブント拠点。
「私たちは、単に売上No.1という経済的な成功だけでなく、社会への貢献と、地球環境をより持続的にしていく、という3つの指標でのNo.1を目指しています」
2050年には世界の人口が90億人を超えると予想されている。このままの生活を続けようとすれば、地球が2つあっても、資源が足りない。そのために、BASFは世界最大の化学メーカーとして「資源・環境・気候」「食料と栄養」「生活の質」3つの主要な分野で世の中に貢献することで、地球規模の課題に挑む。目標にかかげるのは『We create chemistry for a sustainable future. / 私たちは持続可能な将来のために化学でいい関係をつくります』。
そのためのBASFの戦略方針は4つ。『ワンカンパニーとして付加価値を創出』『顧客のさらなる成功のために革新』『持続可能なソリューションを推進』、4つ目の戦略『ベストチームの編成』をBASFジャパンの人事ミッションとして江口氏が担う。
ベストチームには、ものごとを多角的に見ることができるリーダーが必要であると江口氏は考える。
「バリューチェーンの軸を川上と川下から見る視点、地域の軸をローカルとグローバルの両方から見る視点、そして組織の軸を事業部門と管理部門のそれぞれから見る視点。この3つの軸を2つの視点から見ることができるリーダーが増えれば、企業が前進するエネルギーが生まれます。」
大学での専攻は?と聞かれたら、「ボート部です」と答えるという江口氏。「チームボート」に熱中し、1年間のうち300日は合宿生活をしていた大学時代だった。
「“どうしたら速くなるか”に徹底的こだわり、そのために何をすればいいのかを考え、とにかくやり続けました。人間、何かを“徹底的にやる”という経験をすると、自分は何が好きで、何を大切にする人間なのか、自分の事がいろいろ見えてきます。」
過去の仕事に、江口氏の人柄が垣間見える。海外の競合相手がコスト面で優位に立ち、ある製品の生産工場を日本で畳むこととなった。日本市場だけでみれば、シェアが50%以上ある、影響力の大きい製品だった。
「ただ単に「やめます」と言うやり方もありますが、まちがいなくしこりが残ります。何かを終わらせるという事は、新しいことを始めるよりも難しい時もあります。」
ドイツ本社はスピードと効率を強く求めてきた。だがここは日本、本社とやりあいながらも、代替品の手配に奔走し、関係者に納得してもらっての撤退をやり遂げた。「しこり」を残すことは、江口氏のこだわりに反するだけではなく、BASFのブランドにもキズがつくと判断した。
「我々は、BASFグローバルの一員であると同時に、日本の一員ですから」と江口氏。
今、BASFジャパンは、日本のパートナーとのco-creation(共創)に注目している。同じ化学業界で、日本企業の製品開発に対するこだわりや粘り強さを見てきた。それは、日本が世界に誇る技術の高さの源である。その日本独特の強みとグローバルなBASFの強みを融合して、BASFジャパンから世界への発信を目指したい。
さらに、江口氏は化学業界の中で埋もれている優秀な人材が、然るべき場で本当の実力を発揮できる機会を作っていきたいと考える。合わない企業風土の中で活躍の場をつかめない若者をたくさん見てきた。日本企業に合うタイプの人もいれば、グローバルな環境が合う人もいる。
「人間としてやり遂げたいことと、会社での役割の関係性が見えてくるといいですね。それを見い出せるか出せないかは大きいと思います。」
BASFグローバルの企業目標である『私たちは持続可能な将来のために、化学でいい関係をつくります』を達成するために、社員の役割は重要である。BASFは、素晴らしい経験を積んできた多様な社員が「優れたパフォーマンス」を発揮できるような「優れた環境」を社員に提供することを惜しまない、懐の深い企業でもある。
「私は、自分のいる化学業界にとても愛着があり、そしてBASFにとても感謝しています。人事経験のない私だからこそ、新しい視点で社員とco-creation(共創)できると思います。多種多様な人材を受け容れるBASFジャパンという企業の人事に大きな可能性を感じています。」