全国の人事パーソンへのメッセージ
アラタナ人事 Vol.003
※会社名・役職等は取材当時の名称を掲載しております。
IT企業やベンチャーのみならず、大手企業が「複業解禁」に向けた取り組みを進めている。AI時代の到来で、働き方が大きく変わろうとしている今、企業や個人は仕事とどう向き合うべきなのか。自らもパラレルキャリアの実践者として、副業・複業の支援に取り組む西村創一朗氏に、「二兎を追って二兎を得る」という未来をみすえた新しい働き方についてお話をうかがった。 ※西村氏の「フクギョウというのは、サブの副業ではなく、パラレルという意味の複業だ」というお考えに基づき、副業ではなく複業と表現しております。
はい。それは、自分自身の体験によるところが大きいと思います。僕は就活をしていた2009年当時すでに1歳の子供の父親でした。その子に今よりもいい日本にしてバトンを渡すということを考えたとき、日本のボトルネックは働き方だと思ったんです。だから、「日本の働き方を変える事業を創りたい」という思いでリクルートキャリアに入社しました。入社後は営業部に配属され、当初は営業として成果を出すことに全力を注いでいましたが、就活当時からいつかは新規事業開発に挑戦したいと想っていたこともあり、次第に新規事業開発の部門に異動をしたい、という想いが募っていきました。当時は、まだ複業という働き方は一般的ではありませんでしたが、会社は会社で営業マンとして成果を出しながら、他方で、会社外で事業開発をするトレーニングをしようとブログメディアを始めました。人生の行動指針のひとつである「Now or Never」(今やるか、一生やらないか)というメディア名に決めて、話題のWebアプリだとかWebサービスなどの情報を発信しました。ブログをはじめて3ヶ月目に月間10万PVを達成し、結果的にブログがきっかけで会社の新規事業担当者と知り合うことになったのです。その翌年、入社4年目のタイミングで新規事業開発に進むことができ、僕は、複業を通じて理想のキャリアを実現することができたのです。
僕が複業家に送る5カ条というのがあって、その4カ条目が自己管理です。しっかりセルフマネージメントして、本業に支障をきたさないようにするという意味合いです。最低限のラインとして睡眠時間を削っての複業は絶対にダメ。ちゃんと食べてちゃんと寝るというのがすごく大事です。
【複業五カ条】
1.先義公利 2. 本業専念 3. 公明正大 4. 自己管理 5. 他者配慮
僕の時代は、学生時代に熱中していたことは就職を機に卒業して、社会人になったらまるで別人に生まれ変わったかのように会社人としての自分を全うしていました。今は「学生時代にやっていたことをなぜ辞めないといけないのか」「好きだからやりたい」が前提としてあり、新卒1年目から複業をするパターンが増えています。他方で、ずいぶん前から明らかになっていた「終身雇用制度なんて幻想である」という現実を彼らもわかっています。だから、入った会社が自分とフィットしなくても、石の上にも3年という考え方はしていませんね。
企業側の状況を端的に言うと「開国前夜の江戸幕府状態」です。かつてないことが起ころうとしている。つまり今まで縛り付けることでマネジメントしてきた人を自由にしてしまったら、問題が起きてしまうのではと。鎖国をしていた江戸幕府が開国した瞬間に、外国から侵略されてしまうのではないかという恐れから尊王攘夷運動が起きたのとほぼ同じようなことです。解禁してしまったら何が起こるかわからないという不安が先行しています。
会社によって重み付けは違いますが、複業解禁のメリットは、大きくわけて3つあります。
一つが人材開発。複業というのは、社内ではできない経験が社外でできます。基本的に自らの意志に基づいてやりたいことをやるのですから、必要とあらば、自ら学ばなければなりません。それが複業の本質だと思います。僕は、「複業の本質はお小遣い稼ぎではない」と言い切っています。管理職向けの研修などでは、「副業=ただのお小遣い稼ぎと複業は違う」という認識を改めるところから始めましょうとお話しています。
二つ目は、経営資源の多様性です。イノベーションは既存の物と新しい物の組み合わせで起こるものです。社員の多くが会社と自宅を往復する毎日からは、構造的にイノベーションは起こりにくいと言えます。複業を通じて出会った人をプロジェクトチームの一員として、業務委託ベースでパートナーとして迎え入れるといったことも当然あるでしょう。そういったことが有機的につながって、経営の多様性が生まれます。
三つ目は、人材確保です。転職マーケットの中では、「複業ができる会社に転職したい」と動いている方が相当数います。ビジネスパーソンの88%が複業に興味があると言っているご時世です。また、離職防止にもつながっています。これまでは辞めるか、留まるかの二択しかなかったところに、第三の選択肢として、「会社を辞めずに複業をしてはどうですか?」と提案ができます。実際に、複業でガス抜きができ、本業により専念できるといったケースもあります。
制度を導入するなら管理職のマインドを変えていかないと難しいですね。変わらないままでは上司のしかめっ面を回避するため、こっそり複業となりかねません。複業解禁にあたって「こういう複業はダメだよ」とちゃんとステイトメントするほうが、ガバナンス的にはリスクを抑えられます。
現時点では、ボトムアップよりはトップダウンですね。たとえば、サポートさせていただいたJR東日本グループのJR東日本都市開発株式会社は、グループに先駆けて複業解禁を推し進めてきました。これは出口社長 が「やる」と言って進められてきたお話です。
ボトムアップの動きがあっても、管理職のマインドが古いままだと「何を言っているんだ」と一蹴されてしまうんですね。例外的に、ベンチャー企業などの小規模な会社でボトムアップに近い形でスタートしたケースもあります。採用や離職防止のために複業制度を導入することが小さい会社ほど柔軟です。
はい。そうですね。失敗のパターンというのがあるのですが、複業を解禁したものの、社員が複業とは何たるかを理解しておらず、平日の早朝・深夜や土日祝日にできるアルバイトを探し始めてしまったというケースです。笑い話のようですが、本当にこの失敗は多発しています。本末転倒ですよね。本業よりもはるかに低い時給で週末に働いて、貴重な時間を失っては、誰もハッピーではありません。また、もうひとつありがちなのは、制度として複業がOKになったけれども、社内の雰囲気的に「複業をやりたい」と言い出せる状況ではなく、一向に複業申請があがってこないケースです。
JR東日本都市開発さんでは、複業を認めるか、認めないかの基準を「自己成長につながる複業」としています。そのため「ただなんとなくバイトする」というのは認められません。
複業を社員の「キャリア開発」という位置づけで捉えているのです。「わが社が推奨するフクギョウというのは、「サブの副業」ではなく、パラレルという意味の複業だ」と考えています。「サブの副業」は副収入を得ること、お小遣い稼ぎが目的です。一方、「パラレルの複業」は、自分自身のスキルを活かして提供した価値に対してお金をいただきます。お金ではなく、自分の力を使って他者貢献をすることが目的なのです。
複業をするのは若手社員だと思われがちですが、むしろ、50代60代の定年というものが見えてきたシニア社員の方たちのほうが、実は強い興味を示しています。
複業は「プロ型」「趣味型」「起業型」と大きく3つに分類できて、プロ型が7割、趣味型が2割、起業型が1割というところです。
プロ型というのは、営業のプロフェッショナルとして強いネットワークを持っている人がベンチャー企業で顧問的な立場で営業のエッセンスを伝授したり、コネクションをつないだりするのがわかりやすい例ですね。
趣味型は本業とはまったく切り離された部分で好きなことをやる。たとえば、コーヒーがとても好きな人が土日の時間を使ってコーヒーの買い付けをして、ECサイトで売るといった複業です。
起業型というのは、シニアよりも若い方が比較的多いです。もともと「起業したい」という思いはあるけれど、いきなり仕事を辞めて収入が0になっての起業はリスクが高いと。まずはスモールに複業から起業を始めるというケースです。
僕は前提として、「好きにしてください」と言いたいですね。働く時間も仕事以外の時間もトータルで自分の人生なのだから、その人生の半分を嫌々やるのではなく、楽しいほうがよくないかと考えたとき、どうやったら仕事が楽しめるかということなんです。本業でしっかりキャリア実現を図りながら、本業だけでは足りないピースを複業で探しに行きませんか?とお伝えしたいですね。
そもそも日本ではテクノロジーがあまりにも使われていないと思います。オペレーション的な仕事に、働く人が忙殺されていて、本来時間を裂くべき未来のために企画する仕事や、戦略を考える仕事に時間を割けていないという問題があります。オペレーター的な仕事は、可能な限りゼロに近づけ、人間だからこそできるクリエイティブな業務とか、人の心を動かすエモーショナルな業務にどんどん時間を使えるようになるのは、歓迎すべきことですし、それに対応できない企業は、ちょっと苦しくなるでしょうね。
日本は、HRテックが欧米と比較してもほとんど浸透していない という状況です。本来ならば人事は誰よりもクリエイティブでなければいけないし、誰よりもマーケターでなければならないのです。マーケターとして最先端のトレンドに対して敏感になり、自社にとって本質的に重要なことは何か、いらないものは何かをしっかり切り分けなければなりません。それができる人事というのは、経営戦略、事業戦略を形にするためのパートナーとして、経営陣からも重宝され続けると思います。結果として、AI時代が来ても食いっぱぐれない人事になるのではないでしょうか。